新聞を読んでいたら、鳥飼玖美子さんのインタビューがあり、思わず、ペンで赤丸を付けてしまいました。実は鳥飼先生のちょっとしたファンなんです。もう10年以上前の話ですが、英語を勉強しないとと思っていた時期に偶然見た鳥飼先生の英語番組(教育)。通訳時代に感じた日本と英米での文化の違いをわかりやすく話してくださり、ついつい・・・英語の内容は対訳を見ないとわからないのに、テキストを買って、半年間、見てしまいました(笑)。何しろ入門用の英語や中高生向けのものではなかったので、そっちは本当に聞き流すだけでした(汗)。
さて、肝心の新聞記事ですが、残念ながらアサヒ・コムに記事がなかったので、タイプ(一部引用)します。朝日2008.05.26朝刊がある方はオピニオンページをご覧になってください。
前略
■英語下手は文化
---「我が子には英語で苦労させたくない」という親の期待も強いですね。
「そうですね。でもどうでしょうか。『英語は大事だ』ってみなさん言いますが、日本には『ぺらぺらしゃべるのは軽薄』『おしゃべりだと見られたくない』という価値観があるでしょう? 家庭でも学校でも『静かにしなさい』『先生の言うことはちゃんと聞きなさい』としつけられる。そういう価値観の中にいる日本人の子供たちが、英語の授業の時だけ『積極的にコミュニケーションを取りなさい』とか『しゃべりなさい』とかと言われても、実際はなかなか難しい。私は日本人が英語下手なのは、日本人の言語感や文化から来ているものだと考えています。ですから、あながちだめだとは言えない」
---英語は出来ないより出来た方が......。
「もし、どんどん英語で話すような子供に育てたいのなら、アメリカ型コミュニケーションが世界標準でいいというのなら、親としては生意気な子供になることを覚悟しなければならないですよ。先生に『それ違う』とか、いちいち反論する子、ああいえばこういう、そんな子です。生意気な子供に育ったら、『ああよかった、うちの子は国際的なコミュニケーションが出来るようになったんだ』と安心したらどうでしょう。逆説的ですが」
後略
部分抜粋で都合の良いとこだけですが(笑)、ただ、ここに書いてあることの前半部分は誰が見ても事実だと思います。都合良く英語の時間だけ積極的に手があげられる・・・まぁ、英語の時間用に別人格を自分の中で作ってしまえばうまく行くかもしれませんが、そう言う話ではないでしょうからね(笑)。
昨日も、小3から英語?で書きましたが、幼少期~小学校時代にアメリカやイギリスに1年ほど住んで、ある程度英語が出来るようになっても、それが将来の英会話に結びつくかと言えば、私の知っている帰国子女に限って言えばそうじゃないワケですよ。結びつけるためには中学校以降で数年住むか、日本語は家の中だけという環境で幼少期からそれなりの年数を過ごすしかないように思えます。
英語を勉強するときに必ずぶつかる文化の壁。発想が異なる言語を学ぶことは本当に骨が折れます。
ただ、幼少の頃から英語を学ばせるメリットがないワケじゃないと思います。耳は出来ますから。但し、その耳を育てるには小学校3年生ではちょっと遅いと思います。生まれたときから英語と日本語の両方で話しかけられる環境があれば、どちらも聞き分けて、発音できるようになるようです(話せるとは話が別)。
幼児教育の一般論ですが、言語の土台を作る時期は3歳まで(妊娠期間を含むかも)。この時期に耳が出来るわけです。その耳で聞き取った内容を声に出してまね、発音も出来るようになっていきます。幼稚園の子どもと会話すると、自分の子どもでも意思の疎通が出来ないと感じることがあるのは、この時期に覚えた言葉をどう使うのか試行錯誤している最中だから。新しく学習したことを次から次へと試している時期ですから、仕方がないですよね。小学校へ上がるころには必要な情報を他人に伝えられるようになり、また他人が言った内容を素早く理解することも可能になり、ここから先は勉強した分だけ伸びていくというわけです。
人間には発達の順番があるからこそ、中学くらいから英語を習うのが適当だと思うのですが・・・。
あぁ、これは私がよく使う例なのですが・・・幼少期からピアノを習った子がみんなピアニストになれるわけではない・・・です。英語だって同じことです。週に1回、2回習っても、才能がなかったら才能のある子との差が開くだけ。これはピアニストになる子と私のように趣味として楽譜が読める程度の子との差と同じです。
ちなみに、ピアニストになる子の親は子どものピアノ練習に無関心ではありません。多くの親がお手本となる音源を繰り返し聞いておぼえ、練習する子どもの横や後ろに座るか立つかして、「今の、それで良いの?」なんてケチを付けているわけです。子どもよりも熱心にピアノ教師の指導を聞き、家でピアノ教師が言ったことを繰り返すわけです。こうやって世界大会に出場できるピアニストが育っているわけです。
英語圏に旅行に行ってもまぁ何とかなるという英語力と、ビジネスで積極的に発言して討論できる英語力は、極論で言えば前者が出来ない、後者が出来る・・・となるわけですよ。前者で良ければ小3からの英語は役立つかもしれませんが、後者となると、やはり鳥飼先生がおっしゃるように、幼少期から積極的に発言できる環境を整えていかないと行けないのかもしれません。生意気+自立でしょうか。
外資系の派遣先で、米国出張から帰ってきた社員さんから、世界中の支店から集まった代表者(平社員、中間管理職多数)でのミーティングで、積極的に手をあげて発言できなかったのは日本人くらいだと報告がありました。これは英語圏出身者の社員さんとコミュニケーションが取れるだけでは英語力不足だという指摘です。
私には子どもがいないので直接関わりのないことですが、でも幼児教育を学んだひとりとして、ものすごく興味があるのです。日本人が複数言語をマスターする環境というものが。日本語は独特の背景(文化)を持った言葉ですからね。ヨーロッパのように戦争で複数言語が混ざり合うようなこともなかったため、多言語と共通点が少ないのも特徴ですからね。
参考になるかも :[今週の一冊]『危うし!小学校英語』鳥飼玖美子著 文藝春秋【Benesse(ベネッセ)教育情報サイト】
